ヒラリー・ハーンのメンデルスゾーン&ショスタコーヴィチ

2曲の「らしさ」を切り捨てたハーンの見事な演奏

最近、ヒラリー・ハーン
初期の録音を聴き直しています。
ソニーに入れた協奏曲録音の
音盤4枚はすべて素敵なのですが、
この一枚はその中でも特に秀逸です。
メンデルスゾーンという
初期ロマン派の超有名曲と
ショスタコーヴィチという
ややマイナーな20世紀の協奏曲という、
まったく異なる2曲です。

メンデルスゾーン・ショスタコーヴィチ
ヴァイオリン協奏曲

Hilary Hahn

メンデルスゾーン:
 ヴァイオリン協奏曲ホ短調op.64
ショスタコーヴィチ:
 ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調op.77

ヒラリー・ハーン(vn)
オスロ・フィルハーモニー管弦楽団
ヒュー・ウルフ(指揮)
 ※メンデルスゾーン
マレク・ヤノフスキ(指揮)
 ※ショスタコーヴィチ
録音:2002年

まずはメンデルスゾーン
冒頭から颯爽と弾きこなしています。
心地よいかぎりです。
ロマン派ではなく、古典派の音楽として
弾いているのでしょう。
テンポは速いのですが、
雑なところは皆無で、
すべてに神経が行き渡っている
演奏です。
ことさら色気を強調するのでもなく、
かといって下手な古楽器演奏のように
無味乾燥になるのでもなく、
情感を失うことなく
メンデルスゾーンの音楽に
奉仕しているといった感じでしょうか。
第3楽章の盛り上がりと躍動感も
特筆ものです。
あまたあるこの曲の音盤の中でも
出色の出来映えです。
いい加減聴き飽きてきたこの曲に、
新たな光を当てたような
演奏となっています。

注目すべきは
続くショスタコーヴィチの第1番です。
こちらもこの曲の演奏としては
速めのテンポで
キビキビと進行させています。
ハーンの繊細で緻密な演奏は、
この曲の構造を一つ一つ
丁寧に説明してくれるかのようです。
技巧的にも難しいこの曲を、
驚くべきテクニックでもって、
難なく弾きこなしています。
そのため、すっきりと見通しのきいた
演奏となっているのです。
この演奏で、初めてこの曲の本質に
触れることができたような
気がしています。
こちらも終楽章の推進力は
目を見張るものがあります。

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ショスタコーヴィチの音楽の難しさは、
交響曲であれ弦楽四重奏曲であれ
協奏曲であれ、
その背景を考慮するかしないかに
あるような気がします。
旧ソヴィエト連邦の
死と隣り合わせの恐怖と緊迫感という、
作曲者が置かれた境遇を
その音楽に盛り込もうとする演奏が、
かつては主流でした。
この曲でいえば、
初演者のオイストラフが、
同じ旧ソビエト出身ということで、
もてはやされていました。
オイストラフのように線の太い
がっちりとしたヴァイオリンの音色が、
どろどろとした管弦楽と絡み合って、
いかにもショスタコーヴィチらしい
雰囲気を醸し出しているのは確かです。
でも、そういう演奏はもう十分です。
そういう聴き方もしたくないと
思っています。

ハーンはこのときまだ20代前半。
しかもアメリカ人。
ショスタコーヴィチの事情など
一切お構いなしなのでしょう。
ショスタコーヴィチが創り上げた
音楽そのものの魅力を
じっくりと引き出した演奏であり、
好感が持てます。
タイプの異なる2曲をあえて並べたのは、
これまでイメージされてきた「らしさ」
(メンデルスゾーンであれば
ロマンチック、
ショスタコーヴィチであれば
抑圧と陰鬱)を切り捨て、
曲の本質に迫ろうとする
ハーンの意図なのでしょう。
ハーンの見識の高さがうかがえます。

Mendelssohn/Shostakovich

なお、ショスタコーヴィチの
ヴァイオリン協奏曲は、
かつてはオイストラフぐらいしか
音盤が出ていない時期がありました。
今やこのハーンを始め、
バティアシュヴィリの音盤も
注目に値する出来映えです。
さらには日本人の五嶋みどり、
庄司紗矢香の演奏も
高い評価を得ています。
この曲の魅力が認識される時代が
ようやく訪れたのです。

さて、この録音も、
すでに20年が過ぎようとしています。
ハーンもデビューから
20年以上が経過しているのですから、
そろそろソニーに入れた初期の演奏の
再録音があってもいいような
タイミングとなりました。
本盤のメンデルスゾーンと
ショスタコーヴィチも
意外なカップリングでしたが、
何か新しい曲との
魅力あるカップリングで
再録音してもらえないものでしょうか。
いろいろな期待が高まります。
やはり、音盤は愉し、です。

(2021.9.4)

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