鈴木秀実のバッハ無伴奏(旧録音盤)

若々しいバッハの姿が見えてきます

ああ、ここにもまだ
こんな素敵な演奏があったのか!
それがこのバッハのチェロ組曲の
鈴木盤を聴いての感想です。
いくつもの盤を所有し、
もうそろそろいいかなと思っていた
矢先です。
「DHM-BOX」に入っていたからこそ
聴いたものであり、
単独で買うことはなかったでしょう。
こうした録音と出会うのも、
BOXの良さだと思います。

DHM-BOX 1

BOX1 Disc9・10
J.S.バッハ「無伴奏チェロ組曲全曲」
鈴木秀美

BOX1 Disc9・10

J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲全曲
CD1
 第1番ト長調 BWV1007
 第4番変ホ長調 BWV1010
 第5番ハ短調 BWV1011

CD2
 第3番ハ長調 BWV1009
 第2番ニ短調 BWV1008
 第6番ニ長調 BWV1012

鈴木秀美(vc)
録音:1995年

この演奏からは、
若々しいバッハの姿が見えてきます。
歌う部分はたっぷりと歌わせながら、
舞曲は溌剌とした躍動感を
描き出しています。
この「歌」と「舞」の要素が
豊かに融け合った、
清冽な演奏なのです。
それでいて浮ついたところがなく、
しっかりと地に足がついているのです。
新緑が吹き出た大樹という
印象を受けます。瑞々しく、
しかもぬくもりが感じられるのです。

考えてみると、バッハがこの曲を
創り上げたのは30代のころです。
バリバリの働き盛りの年齢であり、
気力も体力ももっとも充実していた
年齢なのです。それを考えると、
旧時代のバッハ無伴奏は、
あまりにも重苦しく弾きすぎている
感があります(それが悪いと
いうことではありませんが)。

鈴木秀美がこの録音を行った
(1995年)のも30代後半。
バッハと同様、
溌剌としたエネルギーを感じます。
しかも日本人として初めての同曲の
古楽器演奏盤なのです。
世の中にすでにあまたの名盤が
存在している中、
そのどれとも異なる演奏が
生まれていたことに驚かされます。
発表されてすでに30年近くが
経過しようとしていますが、
まったく鮮度が落ちていません。
こんな素敵な演奏を、今まで
知らないまま過ごしていたなんて。

YouTubeに動画がありました。
2017年の演奏で、本盤よりも
円熟味の増した、素晴らしい演奏です。

Bach – Cello Suite no. 5 in C minor BWV 1011

さて、改めてこの鈴木秀美について
調べてみたところ、
このバッハ無伴奏について
興味あることを述べていました。
「この曲は落語に
共通するものがある」のだそうです。

バッハは落語!バロックの『音の形』を奏でるチェロ

バッハのチェロ組曲は、
音楽の半分程度しか
音が書かれていないため、
残りの部分は聴き手の想像力で
補完する必要があるというのです。
落語もまた、
一人の人間が口と身振りだけで
演じたものを、
聴き手が脳内で、多くの場面、
多くの人間の多くの感情として
再構成しないと
十分に愉しめないものであり、
その点で共通しているのだといいます。

バッハのチェロ組曲は、
私たち聴き手もまた、
想像力を十分にはたらかせて
聴く必要があるのでしょう。
演奏者が提示した音楽から、
バッハの意図した音楽の全体像を
脳内に創り上げていかなくては
ならないのです。
そういう意味では、この曲は
演奏者と聴き手の共同作業の
音楽であるということができます。

1685 J.S.Bach

それにしても、
かつてカザルスが発掘したこの曲を、
フルニエやシュタルケルらが
しっかりとした造形を施し、
ロストロポーヴィチやビルスマが
磨きをかけてきたような
印象があります。
そこにケラスの鮮烈な
21世紀の録音が生まれたと
思っていたのですが、
それ以前に、しかも日本から、
新しい演奏が出来していたのです。
鈴木秀美はこのあと2004年に
再録音を果たしています。
ネット上の評価を見る限り、
こちらの方は
さらに完成度が高いということです。

バッハの無伴奏チェロ組曲は
もう買わなくてもいい、などと
考えていましたが、
まだまだ新しい演奏が
どこかに潜んでいそうです。
まずは鈴木秀美の2004年再録音盤を
何とかして聴いてみたいと思います。
やはり、音盤は愉し、です。

(2023.1.21)

【バッハ:無伴奏チェロ組曲:名盤】

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