謎に包まれた女性、謎に包まれた音楽
中世の音楽は謎に包まれています。
残されている作品も、
｢作曲者不詳｣のものが多いのです。
そうした中で、もっとも古い時代に
名前の記録されている作曲者がこの
ヒルデガルト･フォン･ビンゲン
(ちなみに女性)なのです。
彼女の音楽を集めた
5枚組のCD-BOXを見つけ、
すぐ購入してしまいました。
今日はその4枚目を取り上げます。
ヒルデガルト･フォン･ビンゲンへの道
CD4
「ヒルデガルト･フォン･ビンゲンの
歌曲＆アンティフォナ
＆初期ルネサンスのモテット」
ヒルデガルト･フォン･ビンゲン
愛は全てに宿り
おお、智慧の力よ
ジョン･ダンスタブル
聖なるマリアよ、
汝に等しきものはなし
ヒルデガルト･フォン･ビンゲン
おお、何と驚くべき予見が
ジョン･ダンスタブル
幸いなる神の母
ヒルデガルト･フォン･ビンゲン
今日開かれる
ジョン･ダンスタブル
聖なる母
ヒルデガルト･フォン･ビンゲン
アレルヤ(媒介者なる)
ヨハンネス･ブラッサール
アヴェ･マリア
ヒルデガルト･フォン･ビンゲン
おお、光り輝く御母
ジョン･ダンスタブル
あなたは美しい
救い主のうるわしき母
ヒルデガルト･フォン･ビンゲン
おお、葉の茂った小枝よ
ギヨーム･デュファイ
第8旋法によるマニフィカト
アルムート･
タイヒェルト＝ハルペリン(S)
ケヴィン･スミス(C-T)
ヴィルフリート･ヨッヘンス(T)
マルティン･ニッツ(T)
ハルトムート･ドイチュ(Br)
ヘルガ･ウェーバー器楽アンサンブル
録音：1980年
ヒルデガルト･フォン･ビンゲンとは
何者なのか？
1098年に生まれ、
1179年に没しています。
このような古い時代に生没年の記録が
残っているくらいですので、
立派な家柄に
生まれたことがわかります。
有力な地方貴族の娘として
生まれた彼女は、やがて
ベネディクト会系女子修道院長まで
上り詰めます。
実は作曲家としての功績以上に、
宗教家、それも神秘家、
さらに史上4人目の女性の
教会博士としての名声の方が
高いのです。
何でも若い頃から
幾度も幻視体験を経験し、
40歳頃には女預言者と
みなされているのです。
いわゆる霊能力者、
もしくは日本における｢卑弥呼｣のような
存在だったのかも知れません。
それ以外にも
才能に恵まれていた彼女は、
薬草学者、宗教劇作家、
詩人、伝奇作家と、
マルチ･アーティストであったことが
知られているのです。
グレゴリオ聖歌と同時代に、
このような女性作曲家の作品が
残されていたことに、まずは驚きます。
本盤の録音は1980年であり、
ヒルデガルト･フォン･ビンゲンの音楽が
おそらく最初に録音されたものと
考えられます。
彼女の音楽を
単独で収録したものではなく、
全14曲のうち、半数は
彼女から300年後の作曲家の作品で
埋められています。
ヒルデガルト･フォン･ビンゲンの7曲は、
ソプラノ独唱の曲であり、
タイヒェルト＝ハルペリンが
歌っています。
彼女の声も透き通るような美しさがあり
どことなく神秘的であり、
作曲者のイメージと重なります。
他の7曲の内訳は、
ダンスタブル5曲、
デュファイとブラッサールが
それぞれ1曲となっています。
これらの歌唱は
スミス、ヨッヘンス、ニッツ、
ドイチュの男声4声に
器楽伴奏が入ります。
察するに1980年頃は、
まだまだ中世の音楽への研究が
進んでいなかったため、
ヒルデガルトの曲だけで音盤一枚
録音することは難しかったのでしょう。
その頃すでにある程度知られていた
ダンスタブル、デュファイ、
ブラッサールの音楽で
埋め草をしたようにも感じられます。
しかし、
こうして一枚を通して聴き通すと、
ヒルデガルトと
三人の後輩作曲家たちとの音楽の交流、
さらに言えば、
女神と僕たちの魂の交歓のようにも
聴き取れるのです。
それはあたかもヒルデガルトの
切り拓いた音楽世界が、
300年後にしっかりと実を結び、
ルネサンスの扉を叩いたようすを
再現しているかのようです。
中世の音楽は
まだまだ未知の部分が多く、その分、
音盤を聴く楽しみ、
音楽の本質を調べて聴く楽しみが
潜んでいます。
やはり、音盤は愉し、です。
（2023.4.23）
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