バレンボイムのベートーヴェン「フィデリオ」

モイツァ・エルトマンが素晴らしい

書斎のテレビを50型にしたら、
気持ちよく映像を観ることが
できるようになりました。
棚の奥からDVDやらBlu-rayやら
引っ張り出してきているのですが、
録りためておいたBlu-rayも
いくつか掘り出しています。
先日観たのは約10年前に録画した
ベートーヴェンの「フィデリオ」です。
素晴らしい内容です。

ミラノ・スカラ座
2014/2015シーズン開幕公演
ベートーヴェン「フィデリオ」

ベートーヴェン「フィデリオ」

ベートーヴェン:
 歌劇「フィデリオ」 Op.72

フロレスタン(囚人):
 クラウス・フロリアン・フォークト
レオノーレ(フィデリオ):
 アニヤ・カンペ
ドン・フェルナンド(大臣):
 ペーター・マッテイ
ドン・ピツァロ(典獄):
 ファルク・シュトルックマン
ロッコ(監獄の番人):
 ヨン・グァンチョル
マルツェリーネ(ロッコの娘):
 モイツァ・エルトマン
ヤキーノ(門番):
 フロリアン・ホフマン
ミラノ・スカラ座合唱団
ミラノ・スカラ座管弦楽団
ダニエル・バレンボイム(指揮)
デボラ・ウォーナー(演出)
収録:2014年

まず、バレンボイムの指揮が圧巻です。
冒頭から重厚な響きを展開させ、
緊張感に満ちた音楽を
創り上げていきます。
そして弛緩することなく、
最後まで突き抜けます。
2時間以上にわたるプログラムですが、
目は画面に釘付けになるとともに、
片時とも耳を離せなくなるような
強い吸引力を持っているのです。
まるでベートーヴェンの交響曲全集の
続編とも思われるような
バレンボイムの音楽づくりです。

主役・レオノーレ役のアニヤ・カンペは、
存在感があります。
決してヒステリックに響かない高音、
温かみのある声質は好感が持てます。
声量も十分です。

フロレスタン役のフォークトの
柔らかく優しい声は、誠実な役柄に
しっかりと合致しています。
幽閉され、希望を失いかけている
フロレスタンの雰囲気が
見事に表現されています。

このオペラでは、
レオノーレに次いで全篇に登場する
門番ロッコが
重要な役どころとなるのですが、
ヨン・グァンチョルが
実にいい味を出しています。
東洋人であるため、他の歌手と並ぶと
やや浮き上がった感じになるのですが、
ミラノの観客は
どう見ていたのでしょうか。
白髪に眼鏡、
普段着のような衣装であり、
日本の私たちからすると、
その辺にいる、
人のいいおじさんのように見える
(牢屋の番人には見えない)ため、
より優しい人柄を感じてしまいます。

そして何と言っても一番の魅力は
マルツェリーネ役の
モイツァ・エルトマンです。
明るい声質以上に、その可憐な容姿に
魅了されてしまいます。
若々しいキュートな顔立ちと
歌手とは思えない
スレンダーなスタイルは、
ピンクのパーカーに
ミニスカートという衣装と相まって、
まるで17,8のお姉さんという
雰囲気です。
表情も豊かであり、
フィデリオに恋する気持ちや
ヤキーノを袖にする場面を
見事に演じています。
レオノーレは女性でありながらも
男装であるため、
このお色気たっぷりのエルトマンによる
マルツェリーネは
舞台に華やかな色を添えています。
2014年ザルツブルク音楽祭
「ばらの騎士」でのゾフィー役も
素敵でしたが、
このマルツェリーネはそれ以上です。

先日も書きましたが、
オペラの映像は難しいものがあり、
歌手と役柄が視覚的な部分で
一致しないことが多く
(例えば体格のよいソプラノによる
病弱なヴィオレッタなど)、
物語に没入できないことも
多々ありました。
近年は視覚的にも魅力に溢れた歌手、
それも若手を起用する傾向にあり、
好ましく感じます。

演出も最高です。舞台を現代に
差し替えているのでしょうが、
あまり違和感を感じさせません。
近年は何やら象徴的な舞台設定が
多く見られるようになったのですが、
ごく自然な舞台の方が
見ていて分かりやすく、
オペラそのものに没頭できます。
印象的だったのは、最終場面、
レオノーレとフロレスタンが
夫婦であることを知った
マルツェリーネが、
困惑の表情を浮かべながらも
ヤキーノの頬にキスをするシーンが
加えられていることです
(他の演出では見られない)。
ほんの一瞬の些細なシーンなのですが、
これにより
レオノーレとフロレスタンだけでなく、
マルツェリーネとヤキーノの物語も
一つの決着を見たわけであり、
重要な意味があると感じます。

観て聴いて愉しめる「フィデリオ」。
こんな素敵な映像を10年近くの間、
忘れ去っていたなんて。
ディスクの数が増え、
管理が十分に行き届かなくなった
結果なのですが、
逆に掘り出す楽しみも増えました。
やはり、音盤は愉し、です。

(2024.2.25)

〔「フィデリオ」の音盤映像盤〕

〔エルトマンの音盤〕

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