バドゥラ=スコダのベートーヴェン

その時代のピアノを弾き分けた録音全集

ベートーヴェンの音盤は、
何か磁力のようなものを持って
私を引きつけます。
ピアノ・ソナタ全集も、
もういいだろうと思いつつ、
買ってしまいます。
このBOXもそうです。
フォルテ・ピアノによる全集は、
ブラウティハムの録音があれば
十分と思っていましたが、
このバドゥラ=スコダの演奏は、
それとはまた異なる味わいを
もたらしてくれました。

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ全集

Paul Badura-Skoda

ベートーヴェン:
 ピアノ・ソナタ

Disc1
  第1番へ短調 Op.2-1
  第2番イ長調 Op.2-2
  第3番ハ長調 Op.2-3

Disc2
  第4番変ホ長調 Op.7
  第11番変ロ長調 Op.22
  第9番ホ長調 Op.14-1

Disc3
  第5番ハ短調 Op.10-1
  第6番ヘ長調 Op.10-2
  第7番ニ長調 Op.10-3
  第10番ト長調 Op.14-2

Disc4
  第8番ハ短調 Op.13「悲愴」
  第12番変イ長調 Op.26
  第13番変ホ長調 Op.27-1
  第14番嬰ハ短調 Op.27-2「月光」

Disc5
  第15番ニ長調 Op.28「田園」
  第16番ト長調 Op.31-1
  第17番ニ短調 Op.31-2
   「テンペスト」

Disc6
  第18番変ホ長調 Op.31-3
  第24番嬰ヘ長調 Op.78
  第25番ト長調 Op.79
  第26番変ホ長調 Op.81a「告別」
  第27番ホ短調 Op.90

Disc7
  第21番ハ長調 Op.53
   「ワルトシュタイン」
  第19番ト短調 Op.49-1
  第20番ト長調 Op.49-2
  第22番ヘ長調 Op.54
  第23番へ短調 Op.57「熱情」

Disc8
  第29番変ロ長調 Op.106
   「ハンマークラヴィーア」
  第28番イ長調 Op.101

Disc9
  第30番ホ長調 Op.109
  第31番変イ長調 Op.110
  第32番ハ短調 Op.111

パウル・バドゥラ=スコダ(fp)
録音:1978~1989年

演奏している
パウル・バドゥラ=スコダは、
オーストリアの
ピアニストであるとともに
音楽学者であり、
モーツァルト、ベートーヴェン、
シューベルトといった、いわゆる
ウィーン古典派音楽の専門家です。
ベートーヴェンの
ピアノ・ソナタについては
本BOXのほかにも
全集録音をつくり上げている上、
「演奏法と解釈」という
全集32曲について一曲ごとの演奏解釈を
まとめた本(音楽之友社から
日本語訳が出版されている)を
執筆しているくらい、
精通しているのです。

加えて歴史的楽器の蒐集家としても
有名であり、本BOXの録音も、
自らのコレクションを駆使し、
7種類のベートーヴェンの時代の
フォルテピアノを弾き分けているという
徹底ぶりです。
ちなみに使用楽器は以下の通りです。
Disc1・3:ヨハン・シャンツ
    (1790年頃・ウィーン)
Disc2・7:ジョン・ブロードウッド
    (1796年頃・ロンドン)
Disc4:アントン・ヴァルター
    (1790年頃・ウィーン)
Disc5:カスパル・シュミット
    (1830年頃・プラハ)
Disc6:ゲオルク・ハスカ
    (1815年頃・ウィーン)
Disc8・9:コンラート・グラーフ
    (1824年頃・ウィーン)
それぞれの楽器については
ブックレットにその写真が掲載され、
詳しい解説も付されています(が、
英語の読めない私にとっては無意味)。

1770 Beethoven

そのバドゥラ=スコダの演奏ですが、
情感豊かでありながらも
自然な表現であると感じます。
強靭なタッチによる
激しい感情の表出が見られる一方で、
泰然とした態度で
ゆったりと聴かせる部分もあるのです。
近年の演奏のような
「スマートさ」は欠けているのですが、
かといって「泥臭さ」までは感じさせず、
ほどよい自然体といえるかと思います。
非常に滋味のある演奏であり、
長く付き合える音盤であると感じます。

特にOp.2の3曲、Op.14の2曲といった
初期作品において、作品の持つ味わいを
十全に引き出すことに成功しています。
Op.2など、
こんなに味わい深い曲だったのかと、
その魅力に改めて気づかされる
演奏となっています。
モダン・ピアノを使った
グルダやケンプの演奏も
滋味に溢れた
素晴らしい演奏なのですが、
このバドゥラ=スコダも
それに勝るとも劣らない出来映えだと
感じます。

古楽器演奏という観点から考えると、
ブラウティハムが
レプリカを使用していたのに対し、
バドゥラ=スコダは
オリジナルを使用しています。
この点については好き嫌いが
分かれるのではないかと思われます。
ブラウティハムに比べて
音に艶が足りないように感じるのです。
ベートーヴェンの時代の楽器で
演奏することには
もちろん意味があるのですが、
楽器そのものがすでに本来の機能を
失いつつあるのかもしれません。
レプリカの方が清冽な音として
耳に飛び込んできます。

特にDisc7のOp.57「熱情」などは、
速いパッセージでは
バドゥラ=スコダの確かな技巧に
裏打ちされた豊かな表現が
深い味わいをもたらしているのですが、
楽器の音色がどうしても今ひとつです。
音の艶が前面に出てこないために、
どうしても音が
「汚く」聞こえてしまうのです。

それでもそうした部分を補って
あまりある魅力に満ちた音盤BOXです。
ベートーヴェン好きなら
当然持っておくべき音盤です。
やはり、音盤は愉し、です。

〔本録音の発売経緯について〕
この録音は、
かつて「Astree」レーベルからリリース
(LP)されたものであり、
それが2011年に
日本伝統文化振興財団なる会社より
XRCDという技術で
高音質CDとして発売されました
(その超絶高音質は
当時話題になっていた)。

今回取り上げたのは2020年発売の
「Arcana」レーベルによる
復刻版なのですが、
その音質はどう変化したのか、
気になるところです。

(2024.6.9)

〔関連記事:ピアノ・ソナタ全集〕

〔バドゥラ=スコダの音盤〕

Beethoven Piono Sonatas
Schubert Piano Soatas
ショパンを弾く

〔ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ全集〕

Jonathan Biss
小菅優
El Bacha
Richard McallによるPixabayからの画像

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